第53回教育普及研究部会会合報告
今年度2回目となる会合は、昨年リニューアルオープンした福岡市美術館にて開催しました。
日本各地に次々と美術館が誕生したバブル期から約30年が経過し、近年、改修工事のために休館する美術館が増加傾向にあります。同時に、この約30年間で社会は大きく変容し、美術館の役割が内外から問われるようになりました。
建物や設備の再整備も重要ですが、教育普及活動のプログラムの見直しや再整備を検討するタイミングでもあるのではないか。そのような問題意識から第53回の会合テーマは、「社会によりコミットした美術館の未来像」としました。
会合1日目は、九州地方にある美術館の学芸員のみなさんから、それぞれの館での活動事例を紹介いただき、各発表後に質疑応答を行いました。
坂本善三美術館(熊本)の山下弘子さんからは、シリーズ「アートの風」vol.9坂崎隆一展「裏
を返せば」及び「おいしいもので作る善三展」の概要を紹介いただきました。他者(時にはアーティスト、時には地元民)が介入することによって、人や場所に新しい価値や視点が見つかり、美術館も含めて、地域が少しずつ変化していく流れがとても印象的でした。そして、これは、地域を大切にし、地道に継続されてきた美術館活動の成果でもあるように思えました。
福岡市美術館(福岡)の鬼本佳代子さんからは、休館中のアウトリーチ活動について、主に教材「どこでも美術館」を実際に拝見したり、触れたりしながら、開発のプロセスやスケジュール、使い方なども説明していただきました。美術館の教育普及現場から出てくる具体的な質問にも丁寧に答えていただきました。「どこでも美術館」は、福岡市美術館のコレクションの層の厚さと、これまでの普及プログラムの成果であり、また、大学の研究室との連携等が活かされた教材でした。現在は、指導者向けの指導案を制作されており、完成後はPDFでインターネット上でも共有していく予定とのことで、その日がとても楽しみです。
直方市谷尾美術館(福岡)の市川靖子さんからは、「子どもスタッフ」の活動について紹介いただきました。なにもないところから、子どもたちがひとつの展覧会を作り上げていくというダイナミックな活動には、そこに寄り添い、子どもたちの発案を面白がれる大人の存在が必要不可欠です。子どもたちと共に市川さんが既存の美術館の常識を覆す様子は痛快であり、地域における美術館のあり方が問い直されているように思いました。
つなぎ美術館(熊本)の楠本智朗さんからは、同館が10年以上続けている、地域ぐるみの住民参加型アートプロジェクトについてお話を伺いました。「水俣」という歴史を背負った土地の近くで暮らす人々が、地元に愛着を持ち、誇れるために、町の人と美術館ができることはなにかを考えた結果が、アートプロジェクトだったそうです。水曜日の出来事が書かれた手紙を無作為に交換・転送する「赤崎水曜日郵便局」や、現代アーティスト西野達氏による「ホテル裸島」は評判を呼び、町は思いのほか注目されるようになりました。「美術館は町にとって外に開かれた小さな窓」という楠本さんの言葉が印象的でした。
2日目は、ICOM京都2019で決議延期となった新定義をもとに、社会によりコミットした美術館の未来像について、全員
で車座になって議論しました。新定義が割と理念的で長文なので、話題が多方面に拡がりましたが、議論を深める契機となったいくつかの投げかけを以下に紹介します。
・新定義の
democratisingと
いう言葉の意味と
重みひとつとっても、我々は理解できているのだろうか?
・原文の単語ひとつひとつを慎重に訳していく必要があるのでは?
・そもそも、これは定義なのか、理念なのか?
・文中のmuseumは、museumでなくてもいいのではないか?
・美術館という「箱」は必要なのか?(前日の館外での活動を顧みても)
・democratisingとともに、populismも考えていかなければならないのではないだろうか?
明確な答えは出ませんでしたが、若手からベテランまで、参加者全員が自分たちの経験や問題意識を元に発言できたので、たいへん意義深い時間でした。この日の議論を受けて、来年度の会合は、今回の会合の延長と位置づけ、各館のミッションについて話し合いを続けていくことを予定しています。
日本各地に次々と美術館が誕生したバブル期から約30年が経過し、近年、改修工事のために休館する美術館が増加傾向にあります。同時に、この約30年間で社会は大きく変容し、美術館の役割が内外から問われるようになりました。
建物や設備の再整備も重要ですが、教育普及活動のプログラムの見直しや再整備を検討するタイミングでもあるのではないか。そのような問題意識から第53回の会合テーマは、「社会によりコミットした美術館の未来像」としました。
会合1日目は、九州地方にある美術館の学芸員のみなさんから、それぞれの館での活動事例を紹介いただき、各発表後に質疑応答を行いました。
坂本善三美術館(熊本)の山下弘子さんからは、シリーズ「アートの風」vol.9坂崎隆一展「裏
を返せば」及び「おいしいもので作る善三展」の概要を紹介いただきました。他者(時にはアーティスト、時には地元民)が介入することによって、人や場所に新しい価値や視点が見つかり、美術館も含めて、地域が少しずつ変化していく流れがとても印象的でした。そして、これは、地域を大切にし、地道に継続されてきた美術館活動の成果でもあるように思えました。
福岡市美術館(福岡)の鬼本佳代子さんからは、休館中のアウトリーチ活動について、主に教材「どこでも美術館」を実際に拝見したり、触れたりしながら、開発のプロセスやスケジュール、使い方なども説明していただきました。美術館の教育普及現場から出てくる具体的な質問にも丁寧に答えていただきました。「どこでも美術館」は、福岡市美術館のコレクションの層の厚さと、これまでの普及プログラムの成果であり、また、大学の研究室との連携等が活かされた教材でした。現在は、指導者向けの指導案を制作されており、完成後はPDFでインターネット上でも共有していく予定とのことで、その日がとても楽しみです。
直方市谷尾美術館(福岡)の市川靖子さんからは、「子どもスタッフ」の活動について紹介いただきました。なにもないところから、子どもたちがひとつの展覧会を作り上げていくというダイナミックな活動には、そこに寄り添い、子どもたちの発案を面白がれる大人の存在が必要不可欠です。子どもたちと共に市川さんが既存の美術館の常識を覆す様子は痛快であり、地域における美術館のあり方が問い直されているように思いました。
つなぎ美術館(熊本)の楠本智朗さんからは、同館が10年以上続けている、地域ぐるみの住民参加型アートプロジェクトについてお話を伺いました。「水俣」という歴史を背負った土地の近くで暮らす人々が、地元に愛着を持ち、誇れるために、町の人と美術館ができることはなにかを考えた結果が、アートプロジェクトだったそうです。水曜日の出来事が書かれた手紙を無作為に交換・転送する「赤崎水曜日郵便局」や、現代アーティスト西野達氏による「ホテル裸島」は評判を呼び、町は思いのほか注目されるようになりました。「美術館は町にとって外に開かれた小さな窓」という楠本さんの言葉が印象的でした。
2日目は、ICOM京都2019で決議延期となった新定義をもとに、社会によりコミットした美術館の未来像について、全員
で車座になって議論しました。新定義が割と理念的で長文なので、話題が多方面に拡がりましたが、議論を深める契機となったいくつかの投げかけを以下に紹介します。
・新定義の
democratisingと
いう言葉の意味と
重みひとつとっても、我々は理解できているのだろうか?
・原文の単語ひとつひとつを慎重に訳していく必要があるのでは?
・そもそも、これは定義なのか、理念なのか?
・文中のmuseumは、museumでなくてもいいのではないか?
・美術館という「箱」は必要なのか?(前日の館外での活動を顧みても)
・democratisingとともに、populismも考えていかなければならないのではないだろうか?
明確な答えは出ませんでしたが、若手からベテランまで、参加者全員が自分たちの経験や問題意識を元に発言できたので、たいへん意義深い時間でした。この日の議論を受けて、来年度の会合は、今回の会合の延長と位置づけ、各館のミッションについて話し合いを続けていくことを予定しています。
(報告者:横須賀美術館 中村貴絵)
出席者:35名(20日)、29名(21日)
20日:部会員26名、オブザーバー8名、事務局1名
21日:部会員24名、オブザーバー4名、事務局1名
21日:部会員24名、オブザーバー4名、事務局1名