第58回教育普及研究部会会合報告
内容
・部会長挨拶、プログラム説明
・テーマ:フランス、アメリカ及び日本の文化観光について
講演:「文化観光とミュージアム:経済社会の構造的変化と紐づけて考える」
講師:垣内恵美子氏(政策研究大学院大学教授)
・質疑応答
・意見交換(ブレイクアウトルーム)
・各グループ発表+全体討議
・幹事からの連絡、部会長挨拶
博物館法改正や、それに伴う博物館を文化観光施設として活用していく昨今の国の動きについて関心を寄せる会員は少なくない。社会教育施設が観光施設へと変容していくことに、ある種の危機感を覚える会員もいるだろう。本会合では、これまでの文化政策の歴史や、昨今の「文化観光」について改めて学び、我々ができることや、なすべきことについて考えた。
今回講師としてお招きした政策研究大学院大学教授の垣内恵美子先生は、文部省、文化庁での仕事を歴任し、国の文化政策に長く関わってきた人物である。今回の講演では、なぜ文化観光なのか、なぜミュージアムなのかを、日本の経済的及び社会的構造の変化と紐づけ、その必然性を説明いただいた。
文部科学省や国土交通省のホームページにも掲載されているように、「観光」の語源が『易経』の「觀國之光利用賓于王」にあり、いわゆる従来の観光産業とは一線を画すものであることを垣内先生も強調されていた。単なる物見遊山ではなく、その地の光を見ること(=学び)が、国が推進する観光であり、そこで欠かせないのがミュージアムであるということであった。では、なぜミュージアムなのか。
1960年代の高度経済成長と1970~80年代のバブル経済を背景に、国は内需拡大のため積極的な公共投資を行い、その結果、各地に博物館や美術館等の文化施設が林立した。社会的・文化的インフラ整備が進み、国民の意識も「ものの豊かさ」から「心のゆたかさ」へとシフトしていった時代である。しかし、バブル崩壊後、日本経済は急速に低迷し、気づけばそれまでの公共投資は、莫大な負債となっていた。人口減少、少子高齢化、景気の低迷、経済成長率の鈍化、生産拠点の海外移転という山積みの課題のなかで国が注目したのが、観光政策であった。景気回復と、新しい雇用産業の創出を目指し、国は観光立国宣言をし(2002年)、観光立国推進基本法を制定(2006年)、観光立国推進基本計画を閣議決定した(2017年)。
いっぽうで地方振興の観点から、地方行政法を改正し(2007年)、スポーツや文化行政については、条例で定めることにより地方公共団体の長がその事務を管理・執行できるようにした。公共投資によって文化施設を建てる時、その運営方針や持続性についてまでは議論していなかったため、景気悪化後、各自治体は採算が取れない文化施設を完全に持て余していた。そのため、国は、かつて公共投資によって建てた文化施設を、観光政策のなかで再活用していく方針を示したのである。もちろん、地域づくりといった観点も重要であった。
それまでの「保存優先」から、観光客目線での「理解促進」、「活用」へと文化政策もシフトチェンジし、文化財保護法改正(2018年)、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部改正(2018年)、文化観光推進法(2020年)と、こちらも立て続けに法改正や制定を行った。現在、文化庁は、文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光を推進するため、文化観光推進法に基づき、文化資源保存活用施設の設置者等が作成する拠点計画又は地域計画を主務大臣(文部科学大臣及び国土交通大臣)が認定し、これらの計画に基づく事業に対する特別の措置等を講じている。そして、美術館や博物館を含む86施設(44地域)の文化観光拠点施設計画(若しくは地域計画)が認定され、国からの支援を受けている。
こうした経済的・社会的構造の変化が背景にあるため、社会教育施設から文化観光施設への変容は必須であるとしながらも、「戦略的に“しない”という選択肢もある」と垣内先生は仰っていた。文化観光を好機とするのか、脅威とするのか。それは各館の規模や収蔵品の傾向、立地等によって意見が分かれるところであろう。具体的にどういう活動をしていくのか、どういう場となっていくのかを、今こそきちんと議論し、ミッションステートメントを確認する必要があるのかもしれない。なお、講演後はZoomのブレイクアウトルーム機能を使って会員同士がディスカッションする時間を設け、今後のミュージアムの在り方について話し合った。ミュージアムが、文化芸術の振興に加えて、観光、まちづくり、産業、福祉、国際交流といった多くの他分野と連携することが求められる今、美術もそうであるように、社会教育が果たすべき役割もどんどん拡大していくのではないだろうか。
・テーマ:フランス、アメリカ及び日本の文化観光について
講演:「文化観光とミュージアム:経済社会の構造的変化と紐づけて考える」
講師:垣内恵美子氏(政策研究大学院大学教授)
・質疑応答
・意見交換(ブレイクアウトルーム)
・各グループ発表+全体討議
・幹事からの連絡、部会長挨拶
博物館法改正や、それに伴う博物館を文化観光施設として活用していく昨今の国の動きについて関心を寄せる会員は少なくない。社会教育施設が観光施設へと変容していくことに、ある種の危機感を覚える会員もいるだろう。本会合では、これまでの文化政策の歴史や、昨今の「文化観光」について改めて学び、我々ができることや、なすべきことについて考えた。
今回講師としてお招きした政策研究大学院大学教授の垣内恵美子先生は、文部省、文化庁での仕事を歴任し、国の文化政策に長く関わってきた人物である。今回の講演では、なぜ文化観光なのか、なぜミュージアムなのかを、日本の経済的及び社会的構造の変化と紐づけ、その必然性を説明いただいた。
文部科学省や国土交通省のホームページにも掲載されているように、「観光」の語源が『易経』の「觀國之光利用賓于王」にあり、いわゆる従来の観光産業とは一線を画すものであることを垣内先生も強調されていた。単なる物見遊山ではなく、その地の光を見ること(=学び)が、国が推進する観光であり、そこで欠かせないのがミュージアムであるということであった。では、なぜミュージアムなのか。
1960年代の高度経済成長と1970~80年代のバブル経済を背景に、国は内需拡大のため積極的な公共投資を行い、その結果、各地に博物館や美術館等の文化施設が林立した。社会的・文化的インフラ整備が進み、国民の意識も「ものの豊かさ」から「心のゆたかさ」へとシフトしていった時代である。しかし、バブル崩壊後、日本経済は急速に低迷し、気づけばそれまでの公共投資は、莫大な負債となっていた。人口減少、少子高齢化、景気の低迷、経済成長率の鈍化、生産拠点の海外移転という山積みの課題のなかで国が注目したのが、観光政策であった。景気回復と、新しい雇用産業の創出を目指し、国は観光立国宣言をし(2002年)、観光立国推進基本法を制定(2006年)、観光立国推進基本計画を閣議決定した(2017年)。
いっぽうで地方振興の観点から、地方行政法を改正し(2007年)、スポーツや文化行政については、条例で定めることにより地方公共団体の長がその事務を管理・執行できるようにした。公共投資によって文化施設を建てる時、その運営方針や持続性についてまでは議論していなかったため、景気悪化後、各自治体は採算が取れない文化施設を完全に持て余していた。そのため、国は、かつて公共投資によって建てた文化施設を、観光政策のなかで再活用していく方針を示したのである。もちろん、地域づくりといった観点も重要であった。
それまでの「保存優先」から、観光客目線での「理解促進」、「活用」へと文化政策もシフトチェンジし、文化財保護法改正(2018年)、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部改正(2018年)、文化観光推進法(2020年)と、こちらも立て続けに法改正や制定を行った。現在、文化庁は、文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光を推進するため、文化観光推進法に基づき、文化資源保存活用施設の設置者等が作成する拠点計画又は地域計画を主務大臣(文部科学大臣及び国土交通大臣)が認定し、これらの計画に基づく事業に対する特別の措置等を講じている。そして、美術館や博物館を含む86施設(44地域)の文化観光拠点施設計画(若しくは地域計画)が認定され、国からの支援を受けている。
こうした経済的・社会的構造の変化が背景にあるため、社会教育施設から文化観光施設への変容は必須であるとしながらも、「戦略的に“しない”という選択肢もある」と垣内先生は仰っていた。文化観光を好機とするのか、脅威とするのか。それは各館の規模や収蔵品の傾向、立地等によって意見が分かれるところであろう。具体的にどういう活動をしていくのか、どういう場となっていくのかを、今こそきちんと議論し、ミッションステートメントを確認する必要があるのかもしれない。なお、講演後はZoomのブレイクアウトルーム機能を使って会員同士がディスカッションする時間を設け、今後のミュージアムの在り方について話し合った。ミュージアムが、文化芸術の振興に加えて、観光、まちづくり、産業、福祉、国際交流といった多くの他分野と連携することが求められる今、美術もそうであるように、社会教育が果たすべき役割もどんどん拡大していくのではないだろうか。
(報告者:教育普及研究部会幹事/横須賀美術館 中村貴絵)
出席者:47名
部会員45名、オブザーバー1名、事務局1名