ワークショップ「所蔵作品情報の発信」参加者体験記(『アート・ドキュメンテーション通信』95号より転載)

 2012年9月14日(金)に、国立新美術館 講堂(3F)にて情報・資料研究部会ワークショップ「所蔵作品情報の発信ー《文化遺産オンライン》による実践」を開催しましたが、その参加報告を掲載します。


(アート・ドキュメンテーション学会『アート・ドキュメンテーション通信』95号(2012年10月25日発行)より転載)

所蔵作品情報の発信 ―《文化遺産オンライン》による実践 ワークショップに参加して 植木 啓子

■はじめに ― 所蔵作品情報を巡る状況
 所蔵作品のデータベース整備と公開は、作品管理だけではなく調査・研究の効率を急速に改善した。基本情報や資料の収集が容易になることは、より多くの時間と労力を分析や研究自体に費やせるということである。
 筆者が専門とするデザイン分野は、所蔵作品のほとんどが複製品であるため、同じ作品を所蔵する美術・博物館が世界に複数館存在する。そのため、他館が確認し、データベースに反映した基本情報や研究成果は、(もちろん裏付け調査を要するが)自館の所蔵作品にとって直接的な資料となる。これは所蔵作品研究や展覧会企画において非常に大きなことで、他館のデータベース公開の「ありがたみ」を実感するところであり、翻って考えるに、自らが管理する所蔵作品情報発信の重要性を再確認するところでもある。
 大阪市立近代美術館建設準備室は、自前の建物を有せずして、20 年以上、近現代美術とデザインを対象に、美術館に準ずる活動を行ってきた。しかし、作品と同じ屋根の下で通常業務が行えない環境では、広範囲にわたっての所蔵作品調査には多くの困難が伴い、また恒常的施設が不在では、フルスペックでの美術館活動を可能とする予算を組むことは難しい。こうした事情が、所蔵作品情報の集約、データベース整備、その公開を阻んできたといえよう。とはいえ、所蔵作品が公共の財産であることには変わりはなく、むしろ恒常的施設がなく、所蔵作品の公開が頻繁に行えない状況下だからこそ、情報公開・発信により積極的であるべきとの声が内部で高まりつつある。

■《文化遺産オンライン》ワークショップ
 全国美術館会議の情報・資料研究部会企画によるワークショップ「所蔵作品情報の発信 ―《文化遺産オンライン》による実践」が9 月14 日に国立新美術館で開催された。「《文化遺産オンライン》に所蔵作品情報を登録したいが、技術的な理由等で実現が難しい美術館」を対象とした、まさに実践的なプログラムであったが、我々準備室同様、マンパワーと予算に制限があるなかで、情報公開・発信という問題には現在どのような可能性や解決策があるのか、広く探りたいと考えている美術館にもおおいに参考になる内容であっただろう。
 ワークショップに先立ち、《文化遺産オンライン》の立上げに携わった国立情報学研究所の丸川雄三氏が《文化遺産オンライン》の概要について説明された。まず、文化庁のサービスである《文化遺産オンライン》は2 つの顔があるとのこと。ひとつは調査・研究等の業務目的が主となる「文化遺産データベース」。もうひとつは、一般の方々への情報公開を目的とし、観光・娯楽視点から実世界とつながる文化遺産への扉としてデザインされた「文化遺産ギャラリー」である。所蔵作品情報だけではなく、施設情報と展覧会等の催事情報も登録可能なため、《文化遺産オンライン》を施設自体や展覧会の広報ツールとして捉えることもできる。ただし、《文化遺産オンライン》は未だ「ここにアクセスすればすべてがわかる」というレベルの作品情報を獲得するに至っていない。2004 年に17 館3000 点の作品情報からスタートし、現在、作品情報を掲載しているのは135 館。施設情報掲載927 館と比べても、あるいは全国の美術館・博物館数と比べても、その登録規模は小さく、日本に存在する文化遺産を網羅したデータベースへの道のりはこれからも長そうだ。
 丸川氏に国立新美術館の室屋泰三氏が加わって、実際に作品情報をオンライン登録するためのレクチャーとワークショップとなった。作品情報を登録するにあたっては、現在2 つの方式が利用可能である。
 オンライン登録方式は名称、時代、材質、サイズなどの作品情報を作品1点ごとに入力していく方法で、登録は確実、特別な事前準備は不要。インターネット上で行う会員登録のような手続きで、誰でも比較的容易にできる。しかし、この方式では登録したい作品情報の件数に作業量が比例するという問題がある。
 もうひとつの方式、CSV アップロード方式は、まさにこの作業量の問題を解決するものである。我々準備室は、現在2 種類の市販データベースソフトウェアを活用して収蔵品情報登録・管理を行っていて、そのデータをCSV ファイルに書き出すことが可能であり、書き出したファイルを1回アップロードするだけで、相当な数の作品情報を《文化遺産オンライン》に登録することができる。したがって、この方式を利用すれば、収蔵作品情報の公開に大きな労力とコストをかける必要はない。ただし、アップロードの際、何らかのエラーが発生する可能性があり、その場合、登録された情報をひとつひとつ検証しなければならず、登録数が多ければ多いほど、その作業は大きくなるだろう。また、この方式は、基本的に、整った情報の初期登録のためのものであり、今後、幅広い作品情報の更新が必要な場合、その更新作業はやはり1 点1 点行っていかなければならないということは言うまでもない。
 いずれにしても、この2 つの方式と登録の手続きをしっかり理解し、準備した上で作業に臨めば、作品情報の登録自体は技術的にさほど難しいものではないとの印象をもった。ひとつ、室屋氏が特に資料を作成し注意を促したことは、自館で採用している作品情報の項目と《文化遺産オンライン》が設定している項目との調整である。これはデータベースを巡って、すでにさまざまな美術館が直面した問題と関連することであろう。情報の内容が同じであっても、《文化遺産オンライン》が設定した項目名と自館が使用している項目名が同じであるとは限らないし、博物館所蔵品がベースとなって設定された《文化遺産オンライン》の項目は、美術館所蔵作品のそれと合わないものもある。この点の調整と、一度調整した項目をすべての作品情報登録において統一して使用していくことが重要になる。《文化遺産オンライン》では、公開画面において情報が項目名とともに掲載されるわけではないので、作品名、分野、時代、地域項目以外、項目名を無視して自由に登録したとしても、公開画面に矛盾は現れない。この柔軟性は、作品の分野や媒体によって異なる情報をもれなく公開できるという利点であり、一方で幅広い項目での検索を不可能にしているという難点でもあろう。

■ 《文化遺産オンライン》の活用
 ワークショップ後、参加者からも質問があったが、現在2 つの美術館が活用しているという外部連携機能(検索用API)の今後のさらなる展開が待たれる。この機能は、美術館が独自でシステムを構築せずして、自館のサイト上で所蔵品の情報公開と検索を可能にする《文化遺産オンライン》との連携と理解しているが、現在、技術的あるいはコスト的制限が大きい環境のなかで、多くの美術館にとってサイト上の所蔵品検索を可能にする現実的な解決策となりうるのではないかと期待している。
 また、所蔵品情報が公開できない段階にある美術館にとっても、《文化遺産オンライン》の情報非公開機能を利用して、徐々にデータを整えていくという活用方法があるのではないかと考えた。美術館職員が使用している各人の端末にデータベースソフトをインストールせずして、またそれぞれの端末に大きな負荷をかけることなく、データベースにアクセスでき、登録・更新作業ができるということは、日常業務における小さなことかもしれないが、現場の現実的な問題を解決する糸口になるかもしれない。
 もちろん、セキュリティ、データ保全、《文化遺産オンライン》の継続と発展の問題と、参加者から発言もあったが、今後も取り組むべき課題が、運営者側にも参加館側にも多々あるかと思う。しかし、少なくとも、現状限られた知識と時間のなかでも情報公開・発信の可能性があると、おおいに実感させてくれた今回のワークショプは非常に実り多きものであった。多忙のなかこうした機会を提供くださった関係各位と、ワークショップに積極的に参加された美術館の皆さんに、心より感謝したい。
(うえき けいこ 大阪市立近代美術館(仮称)建設準備室)

ワークショップ概要

テーマ:[全国美術館会議 情報・資料研究部会 企画ワークショップ ]
     所蔵作品情報の発信 ― 《文化遺産オンライン》による実践
日 程:2012年9月14日(金)13:00—18:00
会 場:国立新美術館 講堂(3F)
主 催:全国美術館会議 情報・資料研究部会 / 国立情報学研究所 / 国立新美術館
参加人数:25名(受講者14名)
プログラム:一、趣旨説明 鴨木年泰(東京富士美術館)
      一、文化遺産オンラインについて
          丸川雄三(国際日本文化研究センター/ 国立情報学研究所)
      一、各コースワークショップ
         講師 室屋泰三(国立新美術館)、丸川雄三
[A コース(1 件ずつ登録)] レクチャー/ ワークショップ体験
[B コース(CSV 一括登録)] レクチャー/ ワークショップ体験
      一、まとめ 参加者感想/ 講師総括/ 質疑応答
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